遺産分割協議と成年後見制度の利用について

「相続手続を進めたいけど、相続人の一部に認知症の者があって遺産分割協議ができません。どうしたら良いですか?」

実際に当事務所にも頻繁に寄せられるご相談です。

このような場合、法律的には、家庭裁判所に認知症の相続人のために成年後見人を選任してもらい、その成年後見人が本人に代わって遺産分割協議に参加すべきこととなります。

しかし、成年後見の制度は、そもそも本人の利益を保護するための制度です。この制度の趣旨を忘れ、単に遺産分割協議のために必要だからと成年後見人の制度を利用すると、思いがけない結果となることがあります。

結果的にご希望に沿った手続ができないばかりか、かえって負担が増えてしまい、成年後見制度そのものに対して不信(不満)感を抱くこともあるかもしれません。

そこで、今回は、遺産分割協議と成年後見制度の利用に関し注意して頂きたいポイントをご紹介します。

申立時に被相続人の遺産目録を作成する必要がある

成年後見申立をする際には、本人の財産状況を把握するために本人の財産目録を提出する必要があります。預金はもちろん、不動産や動産、負債も含めすべて調べて裁判所に目録を提出します。

また、成年被後見人が遺産分割協議をするために成年後見の申立をする場合、亡くなった方の遺産を明確にし、遺産分割協議の内容が適正であるか否かを判断するため、亡くなった方の財産について詳細な調査をした上で遺産目録を作成し、その目録の提出も求められます。

希望の後見人が選任されず、専門家が後見人や後見監督人されることがある

成年後見人の選任申立の際には、後見人候補者を予め決め、その者を後見人に選任してもらうよう裁判所に働きかけることができます。しかしながら、これはあくまでも申立人側の都合であり、家庭裁判所からみて適切ではないと判断されれば、ご家族等の申立人の希望は聞き入れられず、弁護士や司法書士などの専門家が成年後見人に選任されることがあります。

また、希望どおりご家族が成年後見人に選任された場合でも、その後見人の職務執行を監督するために成年後見監督人が選任されることがあります。もちろん、これらは家庭裁判所が必要と認めた場合ですから、相応の理由があるケースなのでしょうが、もし、こうした形で専門家が後見人や後見監督人に選任されると、予期せず第三者がご本人の財産管理をすることになり、ご家族としてはかえって不自由を感じることもあるかもしれません。なお、専門職が成年後見人や後見監督人に選任されますと、これらの専門職には月々の報酬(成年後見人の報酬は月額2万円から5万円前後、後見監督人の報酬は月額1万円から3万円程度)が発生することになります。

申立後に取下げをすることはできない

ひとたび成年後見人の選任申立を行いますと、基本的にはその申立てを取下げることはできません。

予期せず専門職が成年後見人に選任されそうだから、とか、遺産分割協議をする必要がなくなった、とかいう事情があっても、後から申立てをなかったことにすることはできないのです。

そもそも、成年後見制度は本人の利益を保護するためですから、本人の意思能力が復活し、保護する必要性自体がなくなったといったようなケースでなければ、申立人やご家族の都合は考慮されないのです。

本人には最低でも法定相続分相当の財産を確保させる必要がある

成年後見人が選任され、当該後見人が本人に代わって遺産分割協議に参加する場合、基本的には本人の法定相続分に相当する額を相続する内容でなければ、家庭裁判所は遺産分割をすることを認めてくれません。

ある特定の相続人が一人で全財産を相続するという内容の遺産分割協議などは不許可となる典型例でしょう。また、成年後見人の選任申立の時点で、遺産分割協議書案の提出が求められますから、そもそもこのような内容の協議書案を提出しても、是正が求められるでしょう。

親族が成年後見人となった場合でも、特別代理人の選任が必要となることがある

成年後見人を選任してもらえばその後見人が本人に代わって遺産分割協議に参加できる、とは限りません。

たとえば、父が亡くなり、存命の母が認知症であることから、遺産分割協議をするために母の成年後見人を子が引き受けることになったとします。この場合、成年後見人である子は同時に父の相続人として遺産分割協議の当事者となるので、母と成年後見人である子は利害関係が対立します(これを「利益相反」といいます)。このような関係にある場合、成年後見人は本人を代理することはできず、別途、利害関係のない第三者を「特別代理人」として選任してもらい、当該特別代理人が成年後見人に代わって遺産分割協議に参加することになります。

遺産分割協議が終わっても後見人の仕事は終わらない

後見人が選任され、結果として遺産分割協議が終了しても、成年後見人の役割は終了するわけではありません。

きっかけは遺産分割協議をするためであっても、意思能力が失われた本人を保護するために成年後見人を選任した訳ですから、本人の能力が回復するか、本人が死亡するまでは成年後見人の役割は終わらないのです。

最後に

以上のとおり、遺産分割協議をしたいとの理由(事情)から成年後見制度を利用する場合に予め注意しておいて頂きたいポイントをご紹介しましたが、当事務所としては、成年後見制度の利用について否定的な意見を述べたいのではなく、これらのポイントをしっかり理解した上で、ご本人の利益を保護しつつご家族の円満な相続が実現するのであれば、積極的に成年後見の制度を利用していただくべきではないかと考えています。

相続手続と成年後見制度の利用についてお悩みの方、当事務所までご相談ください。